温泉に行くのは一年振りである。こんなに期間を空けてはいけないとつくづく思う。それに人任せにして
行き先が分かっていないというのも反省しなければならない。「びゅう」で受け取ったチケットを持って
東京駅に向かう。そして崎陽軒のシュウマイを買う。私は旅行のときは出来るだけ崎陽軒のシュウマイを買うことにしている。私の非常食である。今回は出発時刻に余裕があったので東京駅の中で朝食をとることにした。そこでカレー屋でコーヒーとサンドウッチを食べる。私はカレーを食べたかったんだ。でも、モーニング・タイムにはカレーはないという。カレー屋なのに。取りあえず新幹線乗り場へ行くと私の乗る新幹線は上越新幹線である。新潟方面だな。そして二階建て車両の下段である。最悪だある。喫煙者はこの車両に押し込められる。車窓の景色など見えない。見えるのは線路の防御壁だけである。ふて寝していると越後湯沢に着いた。ここは馴染みの場所である。でも今回はこの先の浦佐という駅である。
浦佐駅に降りたのは初めてである。綺麗な近代的な駅だが人がいない。駅前ロータリーも駅の両側を眺めてみたが取り立てて何もない。駅前に一台、マイクロバスが停まっていたので近づくと宿の送迎車だった。送迎車の中には5・6人の客が居り、私が乗り込むのを暫く前から待っていたようだ。私が乗り込むと送迎車は直ぐに出発した。私は何処へ行くのだろう。栃尾又温泉。聞いたこと無い。送迎車は私の感だと福島県境方面に向かっている。25分位走っただろうか。送迎車は林道を走り突き当たったところの自在館という旅館に着いた。
玄関を入ると正面がロビーで丸太の椅子だったか置いてあり、なんか囲炉裏もあったような気もする。正面がガラス張りかガラス戸で山や下を流れる渓流が眺められる。記憶が定かでないんだな。取りあえず丸太の椅子に座ると、宿の者がコップに水を入れて持ってきたので受け取ったが、なぜ水なんだ。ラジウム温泉水だという声が聞こえ納得。ラジウムというとキュリー夫妻が発見した元素記号Ra 元素番号88というあれか。コップの水を飲んでみたが特別なんということもない。水だ。そこで私は目ざとく壁際に設置されているコーヒーメーカーを見つけた。本日はキリマンジェロと書いてある。なかなか本格的じぁないか。それに宿泊客は無料と書いてある。早速いただくことにした。少し薄めかな。贅沢は言わない。無料だから。
コーヒーを飲み終わったのを見計らって宿の人が迎えに来た。部屋に案内するというので付いて行くと小さいエレベータに乗り込む。ここでちょっと待てよ。ここは日本秘湯を守る会の宿ではなかったか。秘湯を守る会でエレベータは良いのか。良い事にしよう。私も最近体力が落ちて来たから。通された部屋は私にしてはいい部屋である。外の眺めも悪くない。てなことを考えていると宿の人が温泉の説明をし始めた。此処の温泉の泉質はラジウム泉。やはり。一番下の温泉は源泉かけ流し温度は38度と微温湯です。私が一番苦手な湯だ。後は「たぬきの湯」、「うさぎの湯」と露天風呂が有ります。こちらは加熱しており循環風呂です。なにぃー。私の天敵、循環加熱風呂だと。だが意外と今回私は冷静なのだ。自己申告しているぐらいだから管理はちゃんとしているのだろう。ならば循環加熱でも問題ない。源泉だが微温湯と、循環加熱風呂とどちらを取るか。私は結局循環加熱を取った。理念とはかくも無残に崩れ去るものなんだ。
東京をゆっくり出たんだがまだ陽が高いうちに着いてしまった。とりあえず非常食のシュウマイを食べ、カメラを持って旅館の近辺を散策することにした。部屋の下に見える渓流とそれに架かる小さな木の橋を先ず見ようと、旅館の脇の山道をを降りて行くと道が閉鎖されていた。赤い張り紙がぶら下がっている。「クマ出没注意!」最近、この付近でクマが目撃されました!ご注意下さい!と書いてあるではないか。撤退しよう。クマはダメだ。意思の疎通が出来ない動物はダメだ。
まず訂正しとこう。私はこの旅館を林道の突き当りといったが、道路はまだこの旅館の間を抜けて山の奥の方へ伸びている。あいだ?。まだ説明が足りない。道路の反対側に大正時代に建てられたという木造三階建の旧館があるのだ。なかなか情緒があって、出来れば私はこちらに泊まりたかった。ただ湯治客専用だという。
この道路を山の奥に向かって歩いて行くことにした。こちらもコーンが置いてあり閉鎖されていたが無視することにした。暫く歩いていくと右側の山肌が道路右側の渓谷へ落ちている。立ち木が何本か根元から倒れている。よく見ると渓谷を塞いでいる土砂が雪であるのが分かった。雪崩の後だ。先のほうにも何箇所か渓谷を塞ぐ白いものが見える。その下をドーム状に雪を穿ち渓流が流れている。ついに左側の山の斜面から道路をまたぎ右側の渓谷へ雪崩が落ちた場所にぶつかった。この道路を進むのはここまでである。宿に戻ろう。今年の冬は豪雪だった、あの人気の乳頭温泉「鶴ノ湯」でも雪崩で死者がでた。
宿に戻り、ロビーでアイスクリームを食べたりコーヒーを飲んだり、野草の写真集を見て時間を潰す。この宿のご主人は写真家のようだ。心優しい私は人一倍感心してみせる。野草に興味はなかったけど。そろそろ予約しておいた貸切露天風呂の時間だ。小じんまりとしていて趣のあるなかなかの風呂だ。丁度夕日が斜めから差込、最高の気分である。お忍びのカップルで入るってのが最高かもしれない。最近思うんだがオッチャンになると何処へいっても絵にならないな。人がどう思おうとかまわん、後は自己満足で生きるのじぁ。
風呂から上がり時間を置かずに食事である。食事処はロビー奥にある野草庵という個室である。ここで食事が取れるのは一日十組だという。私はそんなに上客だっただろうか。きっと宿泊客が少なかったんだろうと自身で納得した。食事の部屋へ案内してくれた宿の人に、何か料理の追加は出来るかと聞くと、料理は十分あるのでその必要はないとにべもなく拒否された。では酒は、と言いかけたらワインが付くといわれ、赤かロゼか白のどれがいいかと聞かれたので、ロゼを頼んだ。だが待ってくれ。もしかしたらここは「久保田」「八海山」の地元ではないのか。確かに料理は山菜を主に満足のいくものだった。宿の自慢なんだろう。だが納得がいかない。私は馬肉にニンニクを利かせ、山菜の天婦羅に地酒というのが趣味なんだ。
部屋に引き上げてくると布団が引いてあり、ポットに例のラジウム水が冷やしておいてある。この宿は客への心遣いが行き届いていていい宿である。温泉の雰囲気もよい。料理もよい。テレビでよく遣っている心遣いの行き届いた「いい宿」というやつである。でも、私は悪い宿がすきなんじゃ。
Yawara Yoshino