福島駅で新幹線を降りる。福島駅から米沢行きの普通電車に乗り換え、峠駅に行くには12時54分と15時56分しか電車がない。東京駅から少し早めの9時発の新幹線に乗り福島駅で途中下車をする。新幹線は全面禁煙になったので福島の商店街にあるドトールでコーヒーを飲みながら一服するためだ。じつは、駅ビルの一階にもドトールはあるのだが、こちらは反動的ドトールで禁煙なのだ。必ず天罰が下る。
一服した後、繁華街をぶらつき駅に戻る。12時54分発の電車だ。奥羽本線米沢行ホームへ降りると既に電車は入っていた。二両編成だったか三両編成だったかは覚えてないが、そんなものだ。ドアの開閉ボタンを押して乗り込む。これももう慣れた。乗客は程ほど乗っており地元と思われる男性と相席になった。まもなく電車は何の前触れもなく出発した。30分弱で峠駅へ着く予定だ。
電車が板谷トンネルを抜けると峠駅に着いた。じつは、峠駅はトンネルの中かと錯覚する。トンネルの出口に格納庫のような駅舎が隣接しているのだ。山形新幹線に乗っているとトンネルと勘違いして峠駅に気が付かない。ホームに下りると真昼間だというのに暗い。大きな格納庫の中にポツンとホームがあるという感じだ。勿論、無人駅である。絶好の被写体なので写真を撮ってから出口へ向かって歩いていくと、駅舎の中にマイクロバス二台と何台かの乗用車が停めてある。手前のマイクロバスには滑川温泉と書いてあるので二台目が姥湯温泉の送迎車だ。
とりあえず送迎車の前を通り越して駅舎の外へ出てみる。なにもない。山の中である。駅前ロータリーなどというものはなく、駅舎自体、外からではこれが駅であると思えない。看板も目印もない。それでも雑貨屋が一軒、小学校の低学年だろうガキが店先で昼寝をしていた。その店の前に農家風の峠の茶屋がある。ここの「峠の力餅」は有名らしいが、この場所では日に何人かしか客が来ないんではないかと要らぬ心配をしてしまった。
送迎車のところに戻ってくるとドライバーさんが車に乗っているようにという。誰か待っているのかと聞くと、車で来る客がここで送迎車に乗り換えるんだという。それで何台かの乗用車が停めてあるのが納得が出来た。その内、初老の御夫婦が歩いてきて送迎車に乗り込んできた。私と同じ電車を降りた4〜5人の乗客の内の御夫婦だ。気が付かなかったが峠の茶屋で休息していたようだ。暫くして、どうして出発しないんだろうと話し合っているので、私がドライバーさんから聞いた話を言って聞かした。遅れているようだね。と言って二人は納得したようだ。外のドライバーさんが携帯を取り出しどこかに電話している。電話を切り送迎車に乗り込んできた。待つのを諦めたようだ。
送迎車は秘湯にありがちな急勾配の曲がりくねった細い道を登っていく。途中、道が分かれた先に滑川温泉が見える。姥湯温泉はそのまだ先だ。その内、送迎車は渓流に架かる青い吊り橋の前で停まった。ここから歩きだ。吊り橋の真ん中から景色を眺めると下の渓流はそれほどの水嵩ではない。正面に山が崩落したような赤い崖が見える。左側も切り立った崖だ。右側の山裾に張り付いたような黒い建物が見える。姥湯温泉「桝形屋」だ。
山裾の歩道を数分歩くと桝形屋の玄関に着く。私は二階の一番端の、内風呂の出入り口にある「万作」という部屋へ通された。じつは、私は着いてから暫く部屋の名を与作だと思っていた。そんな訳ないか。内風呂の出入口といったが露天風呂の出入口でもあり、温泉を利用するには恰好の部屋だ。部屋は広くはないが、まあまあだ。ひとつ難を言えば冷蔵庫がないこと。でも、自動販売機が直ぐ傍にあるので問題はない。部屋の窓からは前川の渓流が望め、右手奥には露天風呂が見える。景色は良し。
ところで、部屋に案内してくれた仲居さんだろうか?。夕食のときの飲み物は、と聞いてくるので暫く考えた末、ジョッキの生ビールを注文。帰りの送迎車の時間を聞くと7時50分と12時50分だという。さすがに私も8時前に宿を出る気はないので12時50分の送迎車を予約した。仲居さんは延長料金1050円掛かるという。勿論それには不満はない。私が1000円ですね。というと、1050円だという。私は50円は消費税だと理解しているので、延長料金は1000円ですね。というと、飽くまで1050円だという。なぜその50円に拘るのか良く分からないが、取り敢えず延長でお願いします。といってその場を納めた。
一休みしてから、一度は入ってみたかった念願の露天風呂へ。部屋を出て直ぐの出入口からサンダルを履いて坂道を登っていく。途中、黒塀で囲まれた露天風呂があるが女性専用。18時から20時までは上の露天風呂が女性専用になるが基本的には混浴。そんな配慮は必要ないのではないかと思うのだが。混浴が嫌なら温泉など来るな。それが私の一貫した主張である。
露天風呂は、三方赤茶けた崖で囲まれている。完全に山が陥没して崩れた後だ。荒涼とした風景。これは一ヶ月前テレビでも盛んに映し出された風景だ。そう、岩手・宮城内陸地震の山の陥没した映像と同じだ。まだ地震から一ヶ月しか経っていないのであまり気持ちのいいものではない。脱衣場は海水浴場にでもありそうな板張りで作られている。早速、浴衣を脱いで温泉に浸かる。先客は二人。送迎車で一緒だった初老の男性と若い男性。乳白色の湯は最高。当然ながら源泉かけ流しだ。と、いうのも、入る前に調べたのだ。湯畑から湯を引き、途中水を使わず「溜め枡」で湯温を自然に冷ましている。
湯から上がり、部屋に戻って窓の外を眺めていると激しい雨が降ってきた。出て来る前に米沢方面の天気を調べたら確かに雨だといっていた。今まで降られなかったことがラッキーであった。暫く、カメラをいじったり、のんびりと外の景色を眺めたりして時間を潰す。湯が冷めた頃に今度は内風呂へ入ることにした。部屋を出たら直ぐ内風呂の入口である。入るとこじんまりとした木造の風呂である。ゆっくりと一人で湯に浸かっていると、何か懐かしい感覚がよみがえってくる。
風呂から上がると夕食の準備が出来ましたと声が掛かる。一階の大広間に行くと、泊り客の半分は既に膳についていた。私が膳に着くと直ぐに冷えた生ビールのジョッキーが運ばれてきた。一口飲むとこれが美味い。涙が出るほど美味い。肝臓ガンで入院してから三ヶ月間、酒を断っていた為か。もちろん例外はある。焼肉を食べに行ったときは肉を消化する為チュウハイを呑むが。それはさて置き美味い。生きてて良かったとつくづく思う。料理は鯉の甘煮。これは今回は良く煮込んであり食べられたが、鯉の洗いはいまだにひとくち口に入れて吐き出す。後は牛肉と野菜の陶板焼き。後、酢の物等等。ビールが美味かったので食事は満足。
食事から戻ってくると八時近くである。露天風呂の女性専用の時間も終わりだろう。そこで再び露天風呂へ。先程まで降っていた雨は上がり、露天風呂までの坂道はしっとりと濡れていて気持ちがいい。脱衣場に着くと電灯の周りにはかなりの虫が飛び交っていて、なるべく虫のつかない場所を選び浴衣を脱ぐ。露天風呂には誰もいなく一人ゆったりと湯に浸かる。上を見ると満天の星空が見えて、この世の極楽。
部屋に戻り、テレビドラマを見て眠ってしまった。最近は山奥の秘湯の旅館でもテレビが映る。夜中の十二時半ごろだろうか。地震だ。という声で目を覚ました。確かに揺れている。しかし此処では逃げ場がない。山が崩れたら諦めるしかないのだ。そう覚悟を決めて又眠ってしまった。朝、清清しく目を覚ました。と、いうことは生きてたようだ。早速、テレビを点けると震源は岩手県沿岸北部で、震度6だったそうだ。岩手県沿岸北部地震といっていた。取り敢えず内陸部でなくてよかった。
朝食を食べるために一階の広間に入ると、送迎バスで一緒だった御夫婦が隣の膳に座っていた。食事を取りながら、聞くともなしに御夫婦の会話が耳に入ったが、奥さんが昨夜の地震があった後、怖くて一睡もできなかったといっていた。私は内心、修行が足りないんではないかと思いながら聞いていた。仏法とは執着を捨てることだ。
食事を終え部屋に戻る。タバコを吸いながら窓の外を眺めると山も渓谷も靄っている。今日も天候が良くない。一時して内風呂に入りにいく。なんとも言えない。極楽、極楽。湯に浸かっていると女性達の声が聞こえてきた。内風呂の窓の外は露天風呂へ行く小径だ。のんびりと湯に浸かりながら女性達のはしゃいだ声が通り過ぎていくのを聞いている。
風呂から上がり昼飯の予約を入れとかなければと思い山菜蕎麦を注文。私は冷たい蕎麦が食べたかったのだが暖かい蕎麦しかないという。しかし蕎麦を茹でて作るのに、冷たい蕎麦と温かい蕎麦にそんなに違いがあるのか。だが、心優しい私は此処でも妥協することにした。因みに、山菜蕎麦は不味くはないが、取り立てて泣きたくなるほど美味でもなかった。
今回の旅はのんびりできた。昼飯を済ますと帳場で会計をし、昨日渡って来たつり橋を渡ると、橋の袂に送迎車が待っていた。遅れて男女四人組の若いカップルがつり橋を渡って来て送迎車に乗り込む。最後にドライバーさんと宿の人だろうか、中年の男性がドライバーさんの隣に座って出発である。後ろに座った四人組の一人の女の子がやたらと喋り続ける。その上、眼いっぱい鼻に掛かった喋り方で。まるで盛りのついたネコだ。逆に、もう一人の女の子は殆ど喋らない。前に座っている中年の男性がドライバーさんに話しかける。ヤバそうだね。見ると、山並みに黒い雲が掛かっている。その内ドライバーさんがやっぱり来たか。と、言う。車一台がやっとの曲がりくねった急勾配の道の先が靄で殆ど見えない。しかし、この靄でよく走れると私は感心する。大分降ったのか今度は激しい雨に変わる。送迎車は峠駅の駅舎の中へ入って行く。
Yawara Yoshino