GET UP WITH IT

以前、私の写真連載のタイトルを現在の「 イン ア サイレント ウェイ」に代えた時 、ママおやじさんと名乗る方から書き込みを いただいたことがあった。
 「イン ア サイレント ウェイ」は、同 名の曲が収められているマイルス・デイヴィ スのアルバムのタイトルを借りたものだ。こ の他にマイルスのアルバムで私が特に気に入 っているのが「ネフェルティティ」と「カイ ンド オブ ブルー」で、それを合わせた三 作が私のマイルスのベストスリーだ、とその 時書いたところ、ママおやじさんは、それに 「ゲット アップ ウイズ イット」と「オ ン ザ コーナー」を加えたのがベストファ イブだ、と返答して下さった。ハードな好み ですね、と私はさらに返答さしあげたのだけ れど、ところでママおやじさん、その後いか がお過ごしでしょうか。
 ママおやじさんがつけ加えて下さった二作 は、マイルスが電気楽器を導入した七十年代 初めにふき込まれたアルバムで、ファンによ って全く評価が分かれる作品だと言ってよい だろう。絶賛か酷評か、はたまた敬遠か、そ れ以外の反応が見当たらないのだ。
 マイルスのアルバムを年代順にたどってゆ くと、五十年代末の「カインド オブ ブル ー」で実はその後の彼の音楽の可能性はすで に暗示されているように聞こえる。六十年代 後半の、ウエイン・ショーターを迎えたクイ ンテットでその可能性を探究し、それがクイ ンテット最後のアルバム「ネフェルティティ 」でひとつの区切りとなる。マイルスとショ ーターのハーモニーが醸しだす暗さ、それを 煽るトニー・ウイリアムスのドラムスがしび れる。写真で言えば、黒が美しくひきしまっ たモノクロームのプリント、という感じがす る。
 ただ、「カインド オブ ブルー」から「 ネフェルティティ」に至るまでの間に、クイ ンテットがフリージャズすれすれのハードな 演奏をしていた時期があったことを忘れては いけないだろう。ジョン・コルトレーンがマ イルスをさしおいて吹きまくったり、サム・ リヴァースがエリック・ドルフィーみたいに 吹いたり、ハービー・ハンコックがセシル・ テイラーを真似してぶっとんだり、ショータ ーのフレーズが晩年のセザンヌの絵みたいな 断片の集積になっていた演奏もあった。
 (蛇足ながら「カインド オブ ブルー」 は写真展の会場でお客を待ちながら聴くのに ぴったりです。ジミー・コブの控えめなドラ ムスとポール・チェンバースのベースがよく 響きます。お試し下さい。)
 話をもとに戻すと、次の「イン ア サイ レント ウェイ」で初めて本格的に電気楽器 が導入される。この曲を作ったジョー・ザヴ ィヌルが持ち込んだ幻惑的なハーモニーをバ ンド全員で演奏し、マイルスはそれまで追求 してきたメロディとハーモニーの探究に「ネ フェルティティ」とは対照的な答えを出した 。この音楽はクインテット時代とは逆に、光 と色彩に満ちているように聞こえる。
 その直後、ザヴィヌルやギル・エヴァンス の示唆からヴードゥー教音楽やアフリカ音楽 の複雑で強烈なリズムを取り入れ、それが「 ビッチェズ ブリュー」となる。そのリズム を民俗楽器ではなく、当時最新のエレクトリ ックピアノやエレクトリックギターで演奏さ せたのがマイルス独特の戦略だと思う。その 、ロックともジャズともつかないリズムの洪 水の上を、マイルスやショーターのソロがか っこよく鳴り響くのがこの音楽の最大の魅力 だろう。ドラムスがトニー・ウイリアムスか らジャック・デジョネットに代わったのも大 きかった。
 その後、若きキース・ジャレットが参加し たこれまた過激なライヴ作を経て、「オン ザ コーナー」と未発表演奏集の「ゲット アップ ウイズ イット」に至る。この二作 では、演奏中にリズムが変化していく流れは 「ビッチェズ ブリュー」と変わらないのだ けれど、リズムそのものはさらに複雑・強烈 でわけが分からなくなり、マイルスのトラン ペットまでが電気処理されて、彼はとてもト ランペットとは思えないような音を出してい る。アナーキーに自分を壊し続けるマイルス の凄味だと思う。
 七十年代のマイルスの音楽を私なりにふり 返ってみたけれど、要するに、彼が最も民俗 音楽に接近したのが「ビッチェズ ブリュー 」から「ゲット アップ ウイズ イット」 の頃だったのだと思う。「オン ザ コーナ ー」と「ゲット アップ ウイズ イット」 には、なんとインドのシタール奏者が加わっ ている。
 実は、七十年代のマイルスをしめくくる、 引退直前に残された「アガルタ」と「パンゲ ア」というライヴ作がその後にあって、これ をマイルスの最高傑作とするひとも多い。七 十年代のマイルスのアルバムは、スタジオ作 もライヴ作もほとんど全てでプロデューサー によるテープ編集が行われているらしいのだ が、この二作にはそれが無いらしい。私は今 まで二回、このアルバムを買って聴いてみた けれど、どうしても中に入ってゆけずに手放 してしまった。だから残念ながら今回はこの 二作には触れることができない。いつか三回 めの傾聴をすることになると思うけれど、そ れを楽しみに待っていたい。  ついでに言えば、「ビッチェズ ブリュー 」直後のライヴ作である「アット フィルモ ア」は前に記したように、若きキース・ジャ レットが参加した数少ない録音なのだけれど 、残念ながらキースとマイルスの火を吹くよ うなやりとりはあまり聴き取れないし、キー スのソロも無い。プロデューサーのテオ・マ セロがカットしてしまったのだろうと思うと 残念でならない。ただし、マイルスの後ろで バンドを煽るキースの無茶苦茶なオルガンは よく聞こえる。

今までたくさんのひとに言われてきたこと だけれど、いったいマイルスはこの時期の音 楽をどんなふうに構想していったのだろう。 乱暴な言い方をすれば、ジャズを基礎としな がらもジャズから離れ、ロックの楽器に民俗 音楽のリズムを演奏させて、彼自身は自分の ブリリアントなトランペットを容赦なく解体 していった。
 そこからは、他のどの時期の彼の音楽から も感じられないマイルス・デイヴィスという 音楽家の意思が強烈に伝わってくる。これは ジャズでもロックでもないし、にせもの民俗 音楽でもない。これまたよく言われることだ けれど、まさに「マイルス・ミュージック」 と呼ぶしかない。このアナーキーな変貌は、 ひとえに彼の強靱な意思によるのだろうが、 その源には、どうあがいてもジャズはもう民 俗音楽には戻れない、という苛立ちがあった のではないかという気がする。
 民俗音楽はある民族の普遍的な音楽だけれ ど、ジャズはそこから離れて奏者の個性を押 し出す「芸術」になってしまった。黒人運動 が盛んになった時代に、しかしジャズはもは や黒人の民俗音楽に回帰することはできない 。しかも、アメリカ黒人にはアフリカ黒人が よりどころとしているような純粋な民俗音楽 が無い。そして、マイルスにはその葛藤を突 き破るほど強烈な自己顕示欲があった。
 つまり、ジャズの帝王マイルス・デイヴィ スの音楽はアメリカ黒人の普遍的な音楽であ る必要があったが、同時にスーパースターと してのマイルス・デイヴィスを演出し、アピ ールするものでもなければならなかった。こ の矛盾が彼を苦しめたのだろうと私は思う。 その苦闘が唯一無二でアナーキーな「マイル ス・ミュージック」を生み出す力になったの ではないか。彼があのような形で民俗音楽に 接近して、その要素を巧みに取り入れたのは その結果だと思う。
 しかし、そんな無茶苦茶な冒険のせいで彼 は心身を病んで、その後六年も引退してしま った。マイルスはとんでもなくしぶといので 、そのまま死んだりしないで見事に再起した けれど、本物の芸術家がその気になれば、こ のくらいすさまじい破綻を示すのだと私は思 う。
 (単なる偶然だが、マイルスが引退してい た時期と森山大道先生が沈滞していた時期は ぴたりと一致している。マイルスの復帰第一 作「ザ マン ウイズ ザ ホーン」と森山 先生の復活「光と影」を並べて論じるのも面 白いかもしれない。)

話がようやく本題に入ったところで申し訳 ないけれど、今回の文章はこの辺で終わりに しておきたいと思う。これから話は民俗音楽 の方に向かってゆくのだけれど、それは次回 以降に持ち越したい。これ以上話が飛んでゆ くと、それをまとめる自信が今の私には無い 。仕切り直しです。お許し下さい。

最後に、ママおやじさんがつけ加えて下さ ったマイルスの二作について私見を書いてお くことにします。
 「オン ザ コーナー」は現代民俗音楽、 とかストリート・ミュージックのファンク、 とか評されているけれど、残念ながら私はこ の音楽がまだそれほど好きになれない。初め て聴いた時は一聴して手放してしまったけれ ど、十五年経って今ひさびさに聴き返してみ ると、不思議なことに昔よりは聴けるように なっている。この音楽は若い世代に圧倒的に 支持されているそうだが、私がこれを楽しめ るようになるにはもっと歳を重ねる必要があ るみたいです。
 「ゲット アップ ウイズ イット」は十 二年くらい前に初めて聴いた時から好きでし た。今は何回も聴き返すほど好きになってい ます。その中で、一番よく語られる曲「ヒー  ラヴド ヒム マッドリー」以外の曲が私 は好きです。キース・ジャレットのソロを修 飾した「ホンキー トンク」とか、ブラスア ンサンブルをバックにマイルスが電気トラン ペットを吹く「レッド チャイナ ブルース 」とか、ムトゥーメのパーカッションが響く 「カリプソ フレリモ」や「ムトゥーメ」と か。キーボード奏者の橋本一子は、マイルス がオルガンを弾く「レイテッド エックス」 を今まで聴いた中で一番感動した音楽に挙げ ていました。この曲の強烈なハーモニーも好 きです。くらくらします。



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