きまぐれ

私が長野県上田市に住んでいた頃、立木義 浩さんの講演会が地元で開かれたことがあっ た。広く知られているように、立木さんの故 郷は四国の徳島市だけれども、上田市にも少 なからずご縁がおありとのことで、先生(と 呼ばせていただくことにする)が映画のスチ ール写真の撮影で上田市を訪れたのがきっか けで、先生と上田市との関わりが再び始まっ たということらしい。
 先生ご自身の作品のスライドショーをまじ えたその講演会に、もちろん私も出席させて もらったけれど、あの時の、眼を啓かれるよ うな楽しさをずっと忘れることができないで いる。その講演会の模様は後日、地元のケー ブルテレビ局が放映していたし、それを私も 忘れず録画してあるのだけれど、やばい写真 が上映されていた場面はさりげなくカットさ れていたのが何となくおかしかった。
 ところで、あの時の楽しさを思い出すたび に、私はどういうわけか「かもめのジョナサ ン」のラストシーンを思い出すことになる。 ちょっと恥ずかしいけれど、そこから少し引 用してみたい。
 「無限なんですね、ジョナサン? 彼は心 の中でつぶやいた。そうか、それならぼくが いつかすっとそっちの側の海岸に姿を現わし 、何か目新しい飛び方でも披露できるように なるのも、そう遠い日ではありませんね!」 というわけである。この本を初めて読んでか ら、もう二十年以上の時間がすぎてしまった けれど、私は今でもジョナサンやその生徒た ちのひとりでいるような気がする。きっと一 生そうなのだろう。これが写真の幸せなのか もしれない。余談ながら、そんな私のような 生徒たちの目標になって下さる先生方は、も ちろん立木さんひとりではなくてたくさんお られる。
 あの講演会以来、私は自然に眼にふれる限 りではあるけれど、立木先生の写真や文章を 意識して見たり読んだりするようになった。 それは、いつも私のこわばりを優しく解きほ ぐしてくれるからだ。もちろん、それがとて つもない厳しさに裏打ちされていることくら いは私にも分かる。しかし、まずはきまぐれ に自由にならなければ何も始まらないではな いか、という誠実なメッセージをそれは伝え てくれる。これは決してアマチュア向けのお 世辞ではなくて、そうでなければ写真は動き 出さないのだ、という先生の透徹した認識で あると私は理解している。
 それにしても、写真が動き出すとはどうい うことなのだろうか。立木先生の、素直で透 明な写真を思い出して、私はぼんやり考える ことがある。カメラという機械が写し出した 、この世の複写でしかない写真がこれほどま でひとを自由にするのはどうしてなのか、私 にはいまだによく分からないのだ。
 ただ、カメラは非情な機械だけれども、そ れをあやつる写真家は血が通った人間である 。写真が写る瞬間だけは、写真家の個性は消 滅して写真の主役はカメラという機械に代わ る。もしかしたら、これは写真の最大の矛盾 であり快感なのかもしれない。曇り無いまな ざしを備えつつ、広い世界や夢の中に「私」 が溶けてゆくこの快感は、写真を見るひとに もきっと伝わるはずだ。これが写真が動き出 すということだろうか。そんな快感を呼びこ むために、写真家は「私」を魅力的に保つ必 要があるのかもしれない。かもめのジョナサ ンたちのように、私もけなげに努力を続けた い。余談ながら、あの魅力的なかもめたちは 、不思議なことに自閉的な印象が全く無い。 訳者の「解説」にあるとおり、努力する姿が とても可愛らしいのである。
 であれば、私もなるべく風通しが良くきま ぐれに見たり写したりしたい。写真はこうあ らねばならないと思うと、写真が見えなくな ってきます。これは、立木先生が最近書いて おられた言葉の受け売りである。私もこれを 忘れたくない。
 一生撮り続ける確信がようやく得られたの ならば、私もきまぐれに好き勝手に撮り続け よう。「英気養ふ日曜よろし」これは安井仲 治の言葉である。いささか言いわけめくけれ ど、こんな猛暑の昼下がりには、無理に写し 歩くよりも、洗濯物や布団を干しながら昼寝 をしていたいと私は思う。
 写真に目覚めると愛するが故に視野が狭く なってしまう事はよくあることです。これも 立木先生の言葉である。あの講演会の後、会 場から出てゆくひとびとを澄みきったまなざ しで見つめ続けていた立木先生の姿が私は忘 れられない。


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