氷と雪の国から

近所の図書館から、鈴木緑というひとの写 真と文による「フィンランド 森と街に出会 う旅」という本を私は借りてきて読み始めて いる。
 私はべつにフィンランドという国に思い入 れは無いので、なぜこの本を手に取ったのか よく分からないのだけれど、そんなふうに特 に興味も無かった国を紹介する本を眺めるの は楽しい。それは、フィンランドほど厳しく はないにしても、今、私が盛岡で再び氷と雪 の季節を迎えているせいかもしれない。
 この本の著者は仕事の関係で日本とフィン ランドをたびたび行き来しているひとのよう で、かの国に対する深い愛情と尊敬の念を持 ちながらも、その筆致と写真家としての視点 は極めて冷静で、本人も認めるように、フィ ンランドのひとびとが聞いたら気を悪くする ようなことも遠慮なく記している。写真もと ても素晴らしい。
 フィンランドで生まれたものでいちばん有 名なのは、おそらくムーミンの物語だと思う けれど、私は共感を寄せながらもその熱心な ファンではなかったし、フィンランドの「カ レワラ」という神話も読んだことが無い。私 の手許にあるのは、明田川荘之さんが二〇〇 一年にフィンランドでライヴ録音したCDで ある。この「アケタ・ライブ・イン・フィン ランド 思い出のサロ」は私の大のお気に入 りであるし、アケタさん本人からもフィンラ ンドの素晴らしい旅の印象を何度か聞かせて いただいたことがある。このCDでアケタさ んと共演しているフィンランドのジャズミュ ージシャンの演奏も素晴らしい。ジャズに限 らず、フィンランドは文化や教育を大変に尊 重する国であるらしい。
 それでも、そんな素晴らしい文化と自然に 恵まれた豊かな国であっても、自殺率が高く てアルコール中毒の患者が多いというのが私 にはよく分からない。この本を読み込んでゆ くと、著者の冷静で温かい筆致に導かれて、 その理由が少しは想像できるようになるかも しれない。
 緯度が高いおかげで冬がやたらに長くて暗 い。そして厳しい。美しいオーロラが見られ るとは言え、これはうつ病にはいちばん良く ない気候である。うつ病を経験した私にはそ れが良く分かる。アケタさんもそんなことを 言っておられたと思う。それでも、それだけ のことで、人間はやたらに心身を病んだりは しないように私には思えるのだ。しかも、こ の国は豊かな自然に恵まれて、首都ヘルシン キでさえ、いい意味で田舎くさくてのんびり しているらしいので、テクノストレスがひと をむしばむというわけでもないらしい。その うえ、この国では誰もが夏休みを一か月は取 るとのことである。結局、私にはよく分から ない。快適で素晴らしい夏と長くて厳しい冬 のコントラストは、それだけでひとの心身を 深くむしばむのだろうか。
 ただ、そんなことが信じられないほど、こ の本に登場するフィンランドのひとびとの笑 顔は素敵である。それは実に自然で自信に満 ちていて、他人に媚びる種類のものでないの がとてもうらやましい。髪や肌がなめらかな ことと相まって、それが彼らや彼女たちをと ても美しく魅力的にしているのだ。こんなに 素晴らしい笑顔を私は滅多に見る機会が無い 。それが悔しい。人生を損した気分、という のはこんなことを言うのだろうか。そのコメ ントを読むと、彼らや彼女たちが母国フィン ランドをこよなく愛していることがよく分か る。これも日本ではあまり期待できないこと である。そんなひとびとが当たり前のように 生活している世の中で私も暮らしてみたいと 思う。
 それでも、この本の著者はフィンランドに 移住したり帰化するつもりは無いらしい。東 京の都会暮らしに未練がある、ということだ けではなくて、そこには何か別の理由がある ように私には思える。
 真にやむを得ない理由が無いかぎり、生ま れた国を捨ててはいけない、ということなの だろうか。国籍、あるいは国民性の重みとは そういうものなのだろうか。今の私にはまだ よく理解できない。そんなことを頭のどこか にとどめながら、これから私の周りに起こる 出来事を眺めてみようと思う。それが私の新 年の抱負になるのかもしれない。もしかした ら、フィンランドは厳しい父性の国で、日本 はうっとうしい母性の国なのかもしれない。 それが、この本を一応読み終わった私の勝手 な印象である。
 最後に、この本に登場するフィンランドの ひとびとにならって、私も日本の好きなとこ ろと嫌いなところを挙げてみたいと思う。  まずは好きなところ。
 @伝統と近代化が両立していること。A豊 かな自然と風土に恵まれていること。B第二 次世界大戦の後は戦争をせず平和が続いてい ること。
 嫌いなところ。
 @お金儲けに熱心なあまりそれ以外のもの を大切にしないこと。A国民が政治を信頼せ ず無責任とあきらめがまかり通ること。B少 数派や弱者を尊重しないこと。

 こんな考えをもう少し鍛え直すためにも、 私もそろそろひさしぶりに海外旅行に出たい 気がしてきた。どこに行きたいのか、それと もどこでもよいのか、いったいいつ行けるの か、それもまだ分からないけれど。



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