後悔先に立たず?

七十歳を過ぎた私の父親が酒を呑んだ時に珍しくも夢の話をした。自分が死ぬ夢をみた、その時に、あれもやり残した、これもやり残した、と思った夢をみた、と親父が言うのである。
 このひとは、いまだに私よりもたくさん食べて呑んで煙草もふかして元気に生臭く生きているので、これはべつに弱気の発言というわけではないし、元来ホラを吹くくせも無くは無いのでどこまで本当かは分からない。そのくらいのことは息子である私にはよく分かる。それでも、なぜそれが死ぬ時だと分かったのか、という私の質問に親父は答えてくれなかった。だから、どうでもよいことかもしれないけれど、たとえ夢の中とは言え、自分が死んでゆくことを人間は体験できるのだろうか、という素朴な疑問は残るのである。
 余談ながら、こういう親父の長男に生まれてしまうと私のようになかなか不思議な人生を歩むことになる。面白さも大変さも他人とは比べようが無いからそれについては沈黙を通す以外に無い。いまだによく分からない。
 ところで、いつ死んで自分の仕事が中断されてもかまわない、とか、老いてなおリハビリに励むのは自然死するための体力をつけておくためだ、というようなことを言っていたのは昨年亡くなった吉本隆明だった。あるいは、超一流のプロ棋士が、斬れるものなら斬ってみろ、と自分の首を差し出すような局面に出ることが必要な場合もある、とどこかに書いていたのも私は憶えている。
   そんな生き方が私にできるのか、はなはだ心もとないのは確かなのだけれど、そこまで自分を追い詰めてしまえば逆に生きることが楽になるだろうということは私にも想像できる。
 生きれば生きるほど分からないことは増えてくるし、お金も権威もまったく不要とは言わないけれど、それが絶対の後ろ盾にはならないことが分かってくると、この宇宙を手探りで生きてゆくしか人間にはなすすべが無いことが分かるようになる。そのために必要なのは、今の私のように、病を乗り越えて健康を手に入れた精神と肉体だけである。
 そんな生き方を自分なりに誠実につらぬいてゆけば、人間はそれほど孤独になることも無いし、その途上でたくさんのひとの暖かいまごころを受けることもできる。どうやら、それだけでひとは幸せに生きてゆけるものらしい。
 だからなのだろうか、私には後悔というものが分からないのだ。私だって、あの時ああしていればどうなっていたんだろう、と思うことは日常茶飯事だけれど、不思議なことにそれが決定的な後悔になることは無い。
 後悔したり、やり残したことがある、と嘆くひとは絶望を知らないのではないか、と私は思うこともある。絶望してしまえばそのまま死んでしまうか、ほんのささやかな希望を無理矢理にでも見つけ出して、それを育てようとする以外に人間の生きる道は無くなる。そこに後悔が入り込む余地は無い。自分の小ささもそんな可能性も分かってしまえば、あとはそれを窓にして世界を宇宙を望もうとする以外にできることは無くなる。それを知っている私は確かに幸せなのかもしれない。
 「徒然草」の「あやしうこそものぐるほしけれ。」というのがもしかしたら今の私の気持ちに近いのだろうか。この一節は、橋本治の現代語訳では「ワケ分かんない内にアブナクなってくんのなッ!」となっている。要するに後悔というものが私には分からないし、それを経験しようとも思わないけれど、それでも、たとえ夢の中であっても、後悔をもって人生を振り返ることができるひとを何となくうらやましく思う気持ちが私にはある。それは結局牧歌的ではないかと思うのだ。
 私はこんなふうにしか生きられないし、それは誰のせいでもない。だから、私はこれからもこんなふうに生きてゆくより仕方が無い。
 幼い頃、涙をふいてから青空を眺めた時の気持ちとそれは同じである。自由ではあるけれど、私はこうでしかあり得ない。だから私には後悔することが許されていない。そんな私であっても必要としてくれるひとがこの世の中に少なからず存在する。それで良いのかもしれない。これは開き直りではなくて覚悟である。
 そんな私から見ると、この世界はあまりにも不自由できゅうくつであるように思える。この世界とはまったく関わりを持たないパラレルワールドは実在する、というのが最先端の物理学の見解であるらしいけれど、そうでなければこの世界の帳尻が合わないだろう、ということは私にも何となく感じ取れる。
 梅雨時のゆううつに、今年はそんなことを考えてしまった。クレイジーキャッツの歌を聴いてゆっくり休めば、明日の日曜日にはまた青空が広がるだろう。そうなれば、私はまたカメラを持って外を歩くことになる。いつもの日常が戻ってくるのだ。「見ろよ青い空白い雲、そのうち何とかなるだろう」これは無責任ではまったくなくて、後悔することを自分に許さない、厳しい覚悟の歌かもしれない。


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