楽しみと日々

サラリーマンの定年を七十歳に延長することを政府が検討する、というニュースがあった。意欲のある高齢者に引き続き働いてもらいたい、というのが表向きの理由になっているけれど、我々の寿命がこれからも長くなることはおそらく間違い無いわけで、これはべつに今の政府が悪いわけではない。皆が長生きするようになればそれだけ長く働かなければならなくなる。苛酷ではあるけれど当然のこととも言えるだろう。

いずれは七十五歳くらいまで定年が延長されるのかもしれないし、嫌でもその年齢まで働かざるを得ないひとが多くなるのかもしれない。  ほんの三十年か四十年くらい前までは、サラリーマンの定年は五十五歳だった。定年になるとすぐに年金をもらって隠居して、七十歳くらいには死んでしまう。それが普通だったのだと思う。

言うまでも無いことだとは思うけれど、五十歳を過ぎると会社や役所の第一線で働くのは能力的にも体力的にも難しくなる。世の中の変転が激しくなっている今はなおさらである。そもそも、毎朝早起きして出勤するということ自体が前にも増して辛くなる。あるいはそれにいいかげん飽きてくる。

だから、サラリーマンの定年は、昔と同じ五十五歳くらいがちょうどよいのではないかと私は思う。それよりもずっと長く同じ職場で働きたい、と本気で考えているひとがたくさんいるのかどうか、サラリーマンが天職だとは思っていない私には分からない。

そんな私でも、こうして声をかけてもらって勤めを続けている。そこで自分に向いた仕事をさせてもらっている。給料は多くないけれどありがたいことである。この仕事を続けられる間は続けていてよいのだろうと思う。

そうではなくて、五十五歳を過ぎてもずっと同じ職場にしがみついて毎朝出勤して、自分の衰えを噛みしめながら仕事を続ける。特別な技能を持っているひと以外は現役の若者世代に尊敬されることは無い。それが七十歳か七十五歳まで続く。うかうかしていると、これからの世の中はそんな人生が普通になるのかもしれない。これを地獄と呼ばずして何と呼ぶべきか。

定年後に何かやりたい、酒場でそう語るサラリーマンは多いけれど、そんな虹を夢みていなければ彼らの勤めは続かないのだろうか。しかし、私が見る限り、定年後の生活は勤めていた頃の休日の延長以外の何物でもない。

本気でやりたいことがあるひとは、在職中から仕事を多少犠牲にしてでもやりたいことを積み重ねている。そのくらい本気でないと歳を取ってから何かを始めることなんかできない。サラリーマンを長く続けてきたくせに、そんな当たり前のことが分からなくてつまらない夢をみている。その甘さが私には理解できない。あるいは、そんな甘さを許すサラリーマンの世界が私には理解できない。

あまり歳を取らないうちに、おそらく四十歳になる前に、会社組織から放り出されてなんとかひとりで生きてゆく。そんな経験をいちどくらいはしておかないと、人生の後半を楽しく主体的に生きることはできないのではないか。このことに私は最近ようやく思い至った。

要するに、ずっと同じ職場に勤め続けることがあまり幸せな人生をもたらさない。そんな世の中がやってきているような気がする。

それを悟ってしまうと、私自身、二十代で会社を辞めて大学にもどったり、三十代で心身の不調をきたして次の勤めを辞めて、療養しながら単純労働のアルバイトで食いつないだり、そんな経験がこの上なく貴重なものに思えるのである。世間知らずで体力があるうちに、そんな目に遭っておいて本当によかった。あの日々はもう二度と帰ってこないのだから。

これは決して負け惜しみではない。私はようやくそれに揺るぎない自信を持つことができる。そうではなくて、もっと人並みの幸せを味わう平穏な人生もあったのかもしれないけれど、それはしょせん夢でしかない。それも今の私にはよく分かる。夢は夢として、現実は現実として存分に味わえばよいのだ。

人生を楽しく主体的に生き抜くためには才能が必要である。そんな才能に恵まれていなかった私のような人間は、物心がついてからずっと、それを身につけるために努力を続ける必要があった。その努力こそが写真の楽しみと直結していたのではないか、という気がする。そんな努力を私に教えてくれた、たくさんのひとに感謝したい。そして私は写真を撮り続ける。それは揺るぎない現実であると同時に甘美な夢でもある。しかも、それは決して私ひとりのものではないのだ。これも幸せのひとつの形なのだろう。

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